能登〇〇大学は、宗教学者の鎌田東二(1951-2025)の呼びかけによって設立された、「能登学プロジェクト」を出発点としています。
鎌田氏は、真脇遺跡(能登町真脇)に大きな関心を寄せていました。真脇遺跡には、四千年以上にもわたって人びとが暮らし続けてきた、確かななりわいの跡があります。それはまさに「持続可能な社会」がそこにあった証でした。
令和6年能登半島地震をきっかけに、能登にゆかりのある研究者・地域住民・アーティストなどによる「能登学プロジェクト」が立ち上がりました。地域の歴史と生態環境に根ざした知・わざ・表現を、人口変動や災害の中でいかに持続可能な社会を構築するかという課題―それは能登のみならずすべての社会に共通します―の解決に資するものとして未来へとつなげることを、目的に定めました。
2025年10月11日に穴水町の千手院にて「能登○○大学設立決起集会」が開催され、本格的な活動がスタートしました。自由で楽しい、開かれた学びの場をつくることは、鎌田東二氏が携わった「東京自由大学」「京都面白大学」の精神から大きな影響を受けています。
〇〇には、さまざまな意味が込められています。。能登が「まるまる」大学になること。このプロジェクトにかかわるすべての人々が、それぞれの思いを託すことができること。○を「縁」と読めば、縁が重なりつながること。○が二つ重なれば無限大(∞)になること。あなたにとっての○○は何ですか?
海臨山千手院は、空海創建と伝わる真言宗の古刹です。
かつて「曽良の盆灯」や「縄文未来研究会」の拠点となり、地域内外の人びとをつなぐハブとしての役割を果たしてきました。
2024年の災害のあと、「復興ツーリズム」の拠点として再出発し、様々な人びとが集う場が作られてきました。
能登〇〇大学では、地域のハブとしての寺社の役割を再発見し、開かれた学びの場を作ることをめざしています。